東京地方裁判所 平成10年(ワ)2464号 判決 1998年12月22日
原告
日本ビール株式会社
右代表者代表取締役
内田茂
右訴訟代理人弁護士
太田建昌
右補佐人弁理士
田辺恵基
被告
日本ケンタッキー・フライド・チキン株式会社
右代表者代表取締役
大河原毅
右訴訟代理人弁護士
山田克巳
同
山田勝重
同
山田博重
右補佐人弁理士
山田智重
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
一 被告は、その販売するビールの容器につき、別紙「被告標章目録」1及び2記載の各標章を使用してはならない。
二 被告は、原告に対し、金三二四万円及びこれに対する平成一〇年二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が被告に対し、商標権侵害を理由として、その差止めと損害賠償の支払(訴状送達の日の翌日からの遅延損害金の支払を含む。)を求めている事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、ビールを輸入販売することを目的とする株式会社であり、被告は、レストラン経営及びフライド・チキン等の販売等を目的とする株式会社である。
2 原告は、左記の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)を譲り受け(平成九年一〇月二〇日移転登録)、現在これを有している。
記
出願日 平成四年二月七日
登録年月日 平成六年三月三一日
登録番号 第二六三二三三三号
商品区分 商標法施行令(平成三年政令第二九九号による改正前のもの)別表の商品区分第二八類
指定商品 酒類(薬用酒を除く)
登録商標 別紙「原告商標目録」記載のとおり
3 被告は、平成九年一〇月二七日から、缶ビール(三五五ミリリットル入り)の容器の前面上部に約二分の一、後面上部に約三分の一の各スペースを占める大きさで別紙「被告標章目録」1記載の標章(ただし、黒地部分は濃緑色であり、白地部分は淡黄色である。以下「被告標章1」という。)を、同容器の前面ほぼ中央部に別紙「被告標章目録」2記載の標章(以下「被告標章2」という。なお、以下、被告標章1及び2を「被告標章」と総称する。)を、それぞれ付し、若しくは付させたビール(以下「被告商品」という。)を輸入し、これを平成九年一二月中旬ないし同一〇年一月中旬ころから日本国内で販売している。
4 原告は、平成九年一〇月二三日、被告に対し、被告標章の使用は本件商標権を侵害するものである旨を警告した。
二 争点
1 被告標章の全体が商標として使用されているのか、そのうちの一部が商標として使用されているにとどまるのか。
(原告の主張)
被告標章1については、容器の前面上部に約二分の一、後面上部に約三分の一の各スペースを占める大きさで表示されていること、被告標章2については、これに続く英文の主語として用いられているものの、「Organic」の冒頭の文字が大文字で表記され、また、容器の前面ほぼ中央部に表示されていることなどからすれば、被告標章の全体が自他商品の識別標識として商標的に使用されていることは明らかである。
(被告の主張)
「ORGANIC」及び「Organic」という語が「有機の」、「有機的な」という意味の英語であり、農産物及びその加工品において品質、原材料等を表すものとして一般に理解され、使用されていること、被告標章1については、デザイン化された「HARVESTER」の文字部分の上部に、その部分の文字の三分の一程度の大きさのゴシック体で、「ORGANIC」及び「BEER」の各文字部分が二段書きで付記的に表示されていること、被告標章2については、その後に「is made from malt and hops which were grown on 100% organic farms.」などと記載されており、品質、原材料等についての説明文の一部であることなどからすれば、被告標章のうち「HARVESTER」の部分のみが自他商品の識別標識として商標的に使用されているものであり、「ORGANIC BEER」及び「Organic Beer」の部分は、商標として使用されているものではない。
2 被告標章が本件商標と類似するか否か。
(原告の主張)
本件商標及び被告標章は、いずれも「オーガニック」なる称呼を生じ、被告標章は、本件商標と称呼において同一である。また、被告標章は、「ORGANIC」又は「Organic」の文字部分について、本件商標と外観において同一又は類似し、観念においても同一である。
本件商標は、現在我が国において、原告が販売するビールであることを識別する商標として広く認知されており、他方、「ORGANIC」なる表示は、ビールの品質あるいは原材料を表示するものと一般に認識されるまでに至っていない。
したがって、被告標章は、いずれも本件商標と類似する。
(被告の主張)
仮に被告標章の全体が商標として使用されているとしても、「ORGANIC」及び「Organic」という語は、農産物及びその加工品において品質、原材料等を表すものとして一般に理解され、使用されており、被告標章のうち「ORGANIC BEER」及び「Organic Beer」の部分は、商品の品質及び原材料を説明する部分であって、自他商品の識別標識としての機能を有さず、商標の要部たり得ないから、被告標章は、いずれも本件商標と類似しない。
3 被告標章が商標法二六条一項二号所定の「品質、原材料を普通に用いられる方法で表示する商標」に当り、本件商標権の排他的効力が及ばないか否か。
(被告の主張)
「ORGANIC BEER」及び「Organic Beer」という部分は、商品の品質、原材料を普通に用いられる方法で表示した商標に当るから、商標法二六条一項二号により、被告標章には本件商標権の排他的効力が及ばない。
(原告の主張)
「ORGANIC」なる表示は、我が国においてビールの品質あるいは原材料を表示するものと一般に認識されるまでに至っておらず、被告による「ORGANIC BEER」なる表示がビールの品質あるいは原材料を表示したものとはいえないし、また、その表示がビールの品質あるいは原材料を普通に用いられる方法で表示したものともいえないから、被告標章に本件商標権の排他的効力が及ばないものではない。
4 原告の損害額
(原告の主張)
被告は、平成九年一一月ころから、被告標章を付した被告商品を少なくとも二四万本輸入し、平成一〇年一月末日までの間に、これを日本国内において販売価格一本四五〇円以上で販売した。本件商標の通常実施料率は、日本国内におけるビールの販売価格の三パーセントが相当である。したがって、原告は、被告の本件商標権侵害行為により、実施料相当額である三二四万円(四五〇円×二四万本×三パーセント)の損害を被ったものである。
第三 当裁判所の判断
一 争点1について
1 被告標章1の構成は、別紙「被告標章目録」1記載のとおり、縦横の長さの比が約八対一一の濃緑色の地の長方形の中段部分に、白抜きの淡黄色のアルファベット大文字で「HARVESTER」と横書きされ(ただし、両端の「H」と「R」の各文字が他の文字より大きく、「ARVESTE」の文字部分の下には傍線が入っている。)、右長方形の上段中央部に、「HARVESTER」の文字部分の二分の一ないし三分の一程度の大きさの白抜きのアルファベット大文字で「ORGANIC」及び「BEER」と二段に横書きされ、右長方形の下段中央部に、麦の穂及びホップの絵が描かれているものである。そして、前記(第二、一、3)のとおり、被告標章1は、缶ビールの容器の前面及び後面の人目を引く部分に大きく付されているものである。
右の被告標章1の構成及びこれが商品に付された態様に照らせば、被告標章1の全体が自他の商品を識別する標識としての機能を果たす態様で使用されているものであることは、明らかであり、被告標章1全体が商標として使用されているものというべきである。
右のとおり、被告標章1のうち「ORGANIC BEER」の部分が商標として使用されているものではない旨の被告の主張は、採用することができない。
2 被告標章2の構成は、別紙「被告標章目録」2記載のとおり、アルファベットの大文字及び小文字で「HARVESTER Organic Beer」と一列に横書きされたものである。
被告標章2については、前記(第二、一、3)のとおり、缶ビールの容器に付されたものであるが、甲第三号証及び弁論の全趣旨によれば、被告標章2は、缶ビールの容器の前面に被告標章1と共に付されているもので、被告標章1の下部に、これに続いてほぼ同じ大きさの文字で「is made from malt and hops which were grown on 100% organic farms.(以下、略)」と記載された英文の冒頭部分として記されており、これが右英文の一部として使用されていることが認められる。しかし、前記のとおり、被告標章2が、被告標章1の缶ビールの容器に、同標章の直下部分に記された英文の一行目において主語として一体的に用いられ、かつ、「HARVESTER」の語はその全体が、「Organic」及び「Beer」の語はそれぞれの冒頭文字がアルファベット大文字により表記されていること、そして右英文においては被告標章2に続いてビールの品質等を説明する内容の文章が記されていることに照らせば、被告標章2全体が被告の販売する商品を指し示すものとして用いられていることは明らかであり、被告標章2の全体が、自他の商品を識別する標識としての機能を果たす態様で使用されているもので、商標として使用されているものというべきである。
右のとおり、被告標章2のうち「Organic Beer」の部分が商標として使用されているものではない旨の被告の主張は、採用することができない。
二 争点2について
1 本件商標の構成は、別紙「原告商標目録」記載のとおり、アルファベット大文字で「ORGANIC」と横書きされたものであり、本件商標からは「オーガニック」という称呼が生じる。
2(一) 甲第二号証の1及び3、第一四号証、乙第三号証、第七号証ないし第一九号証、第二四号証ないし第二六号証、第二八号証、第三〇号証、第三一号証、第三三号証、第三六号証ないし第四〇号証、第四四号証、第四五号証の1ないし3、第四六号証の1ないし3、第四七号証の1及び2、第四八号証の1ないし3、第四九号証の1ないし3、第五〇号証の1及び2、第六二号証、第六三号証、第六五号証、第六六号証、第七一号証並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 「organic」という語は、英語において「有機の」、「有機体の」、「有機肥料を用いて育った」などという意味の形容詞である。
(2) 平成六年三月一五日発行の「日本語になった外国語辞典第三版」においては、有機栽培で作られた農作物を意味するものとして、「オーガニックフード」や「オーガニックコットン」という用語が掲げられ、同年四月二五日発行の「カタカナ語辞典」においては、有機肥料で作られた農作物を意味するものとして、「オーガニック」という用語が掲げられている。
毎年一月一日発行の用語事典「現代用語の基礎知識」では、平成四年一月一日発行のもの以来、「輸入有機野菜」という項目の中で、「日本国内では多少農薬を減らしただけで有機農産物と表示する野菜もあるのが現状だが、アメリカでは農薬と科学肥料を一切使用せず、収穫後も、流通、加工、貯蔵などの各段階で薬品を全く使わない農産物だけがオーガニック(完全有機)と認定される。」と記されており、平成九年一月一日発行のものにおいては、「オーガニック飲料」という項目の中で、「オーガニック(organic)とは有機肥料を用いたという意味で、三年以上、化学肥料や除草剤などを使っていない土壌で生産した農作物をいう。このような無農薬、有機栽培の原料を使ったコーヒーや紅茶、ジュースなどをオーガニック飲料といい、平成八年ごろからスーパーなどに出回り始め、健康志向の消費者の話題になっている。」と記され、また、「オーガニックグッズ」という項目の中で、「これらはもともと有機栽培の原材から作られるということでオーガニックといわれる。」と記されており、さらに、平成一〇年一月一日発行のものにおいては、「オーガニック」という項目の中で、「オーガニックとは『完全有機の』という意味の言葉。」と記されている。
平成九年一月一日及び平成一〇年一月一日各発行の用語事典「知恵蔵」においては、「オーガニック食品」という項目の中で、「オーガニックとは『有機の』『有機体生物の』という意味をもち、転じて農薬を使わず、有機肥料・飼料を使って生産された農畜産物を指すようになった。」と記されており、また、「ニュートレンド」と題する記事の中では、「農薬を使わないオーガニック食品の輸入が本格化し、好調な売れ行きである。」「今後、さらに需要があると予想されるが、米国ではオーガニック表示を法で厳密に規制し管理を行っているのに対し、日本の有機野菜には規制がなく、基準や表示があいまいな点が、大きな問題であろう。」と記されている。
平成一〇年一月一日発行の用語事典「イミダス」においては、「オーガニック食品」という項目の中で、「オーガニックとは有機的という意味であるが、最近のオーガニックブームは有機栽培の農作物を用いた商品群に対するもの。有機栽培に対する関心が高まる中で、先行する欧米からのオーガニック食品の輸入攻勢が盛んになっている。また国内でも、欧米の検査・認証制度を利用して『オーガニック』の認可を受けた商品の販売が始まっている。日本では農林水産省の有機農産物の表示ガイドラインがあるが、一般の加工食品における『オーガニック』という表示の統一規制はない。そのためオーガニック表示の商品に混乱が見られ、欧米の認証を受けたもの、原料がオーガニック認定のもの、国産の有機栽培の農産物を原料にしたものなどが混在している。」と記されている。
平成一〇年三月一〇日発行の用語事典「データパル」においては、「オーガニック食品」という項目の中で、「有機栽培の農産品や自然食品のみを使ってつくった加工食品。」「有機農作物は食味の点でも優れているといわれ、健康、安全性への志向が強まるなかで、加工食品の原料としても使うようになった。すでにジュース、ワイン、ビール、紅茶、パン、スナック、みそなど、さまざまな分野でオーガニック食品が発売されている。」「いまや加工食品を含めた有機農産物の市場は一五〇〇億円にも達している。」と記されている。
(3) 平成二年一二月九日付け毎日新聞には、西武百貨店が米国ワシントン州などの加工農場から有機農産物を原料としたジュース、ジャムなどを輸入し、同年一一月からギフトコーナーに「オーガニック(有機)」と書かれたプレートを掲げて、安全性と美味をうたった販売を展開し始めたという内容の記事が掲載され、その後も、平成三年七月一八日付け読売新聞や平成四年一月一日付け、平成九年六月二七日付け及び同月三〇日付け日本食糧新聞などでも、主要百貨店がギフトコーナーにおいて「オーガニック」の語を積極的に使用して有機栽培の農作物を用いた商品を取り扱っている旨の話題が取り上げられた。また、平成八年八月一二日付け日本食糧新聞には、有楽町阪急(百貨店)が同月二一日から同年九月二日までの間、無農薬・有機農法原料を使ったオーガニックビールなどを取り揃えた「ザ・ワールドビアフェスタ」なる催しを実施する旨の記事が、平成九年七月一七日付け朝日新聞には、酒のディスカウント販売店が同年八月から有機栽培した原料を使ったオーガニックビールの輸入を始める旨の記事が、平成一〇年三月四日付け日本経済新聞には、有機(オーガニック)ワインが注目を集めている旨の記事がそれぞれ掲載された。
(4) 平成八年五月一五日には「オーガニック食品」と題された書籍が、平成九年三月一日には「オーガニック食品最前線」と題された書籍が、平成九年七月一六日には「有機派生活たのしみ術―足で集めたオーガニック実用情報」と題された書籍がそれぞれ発刊された。また、同年六月一五日及び同年九月一五日発行の「食品工業」という雑誌においては、いずれも「オーガニックフーズ」をテーマとした特集記事が掲載された。
(5) 有機栽培の原材から作られたという意味で容器に「オーガニック」と表示されたジュースが、遅くとも平成九年九月には市販されており、また、右同様の意味で容器又は包装に「オーガニック」、「ORGANIC」、「Organic」などと表示されたオリーブオイル、ワイン、コーヒー、ポップコーン、クッキー、ソース及びケチャップが、遅くとも同年一二月には市販されており、いずれもその広告が雑誌等に掲載されていた。そして、遅くとも平成一〇年四月には、大豆、納豆、シリアル(コーンフレーク)、ジャム、ピクルス、醤油、ドレッシング、味噌、ワインビネガー、なたね油、パスタ、紅茶、ココアなどにおいても、容器又は包装に「オーガニック」、「ORGANIC」、「Organic」などと表示され、市販されていた。
(6) 平成一〇年六月発行の「ビール大辞典」という書籍においては、「ピルスナー」等のビールのタイプの分類のひとつとして、「オーガニックヴァイツェン」という語が用いられている。また、原告自身、自らが販売している有機栽培の原料を用いたビールについて、そのタイプを「オーガニック・ピルスナー」あるいは「ピルスナー(オーガニック)」であると記して宣伝広告をしていた。
(二) 右認定の事実を総合すれば、遅くとも平成九年一〇月までには、「ORGANIC」及び「Organic」という語が、有機栽培の農作物及びこれを原材料に用いた加工品という、農産物及びその加工品の品質、原材料等を意味するものと広く認識されるに至っていたものと認められる。
(三) そうすると、被告標章のうち「ORGANIC BEER」あるいは「Organic Beer」の文字部分は、有機栽培の農作物を原料として作られたという、ビールの品質ないし原材料を意味するものであるから、取引者、需要者に限定的な印象を与えるものではなく、右の部分からは商品の出所の識別標識としての称呼、観念を生じない。したがって、被告標章については、「HARVESTER」の部分、又は「ORGANIC BEER HARVESTER」若しくは「HARVESTER Organic Beer」全体としてのみ称呼、観念が生じるものというべきである。
3 以上を前提に本件商標と被告標章1を対比すると、両者は外観を異にし、また、本件商標からは「オーガニック」という称呼が生じるのに対し、被告標章1からは「ハーベスター」という称呼、あるいは「オーガニックビールハーベスター」という一連一体の称呼が生じるものであって、両者はその称呼も異にする。さらに、本件商標からは「有機の」、「有機体の」、「有機肥料を用いた」という観念が生じるのに対し、被告標章1からは、必ずしも「有機の」などという観念が生じ得るものではなく、むしろ「収穫する人」、「刈り取りをする人」という観念が生じ(「HARVESTER」は、「収穫する人」、「刈り取りをする人」という意味の英語である。)、両者はその観念を異にする。したがって、被告標章1は、本件商標に類似するということはできない。
本件商標と被告標章2を対比すると、被告標章1におけるのと同様、両者はその外観、称呼、観念を異にするものである。したがって、被告標章2は、本件商標に類似するということはできない。
三 以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官三村量一 裁判官長谷川浩二 裁判官中吉徹郎)
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